雪解け・雪形・春もみじ
ぽってりとした雪に覆われていた山の上部斜面に、やがて、春の変化が訪れます。四月初旬、眺めている山頂の景色のなかで、まず、南側の稜線沿いに生えている低木が、まるで無精ひげが伸びるように姿を見せ始めます。冬の間、北西風に運ばれて山の北東・東斜面に積もったたくさんの雪も次第に薄くなり、木々が顔を出し始めます。顔を出す木々と地肌が占める面積は日々広がり、五月はじめの山頂の北東斜面には春を告げるのにふさわしい文字形が浮かび上がります。わたしには、まるで、白い布に青黒い墨で「ハル」と書いたように見えます(写真B)。
雪解けは、四月下旬頃となれば、山の麓はもとより、日当たりの良い尾根筋や広葉樹の根元からどんどん進みます。山全体を包んでいた雪のシーツが真ん中に引き寄せ集められるように、だんだん小さな島となっていきます。五月中旬、薄茶色の山肌に、ポツリ、ポツリと、黄緑色でひときわ明るくきわだって見える大きな木があります。それはブナです。里ではじまった木々の芽吹き前線はブナの展葉を先頭に、色とりどりのパステルカラーで山頂へと山の斜面を染め上げてゆくのです。この変化はとてもデリケートでうっかりすると気が付かないうちに進行していたりします。この季節の色変化を表す言葉の「春もみじ」は青森で生まれた名前だそうです(写真C)。一週間もすると、「春もみじ前線」が通り過ぎて、山の木々の生まれたばかりの葉っぱは、急速に葉緑素を増し、濃い緑色に変化していきます。
六月のはじめ、小松野川源頭部の残雪は米粒のような塊となります。山頂にある自衛隊のレーダー・ドームとほぼ同じくらいの大きさになったとき、釜臥山は最後の雪で創作を開始するのです。小さな楕円形をしていた雪渓の中央上部でくびれが生じ、やがて、かわいいハート型ができあがるのです(写真D)。そして、最後はVサイン(V型)で終わります。六月中旬、山裾から押し寄せてきた緑の波は、すでに山頂に到達していました。