下北半島のサル調査会

HOME>下北通信 >file22





   調査目的
   年間スケジュール
   調査地域
   提言
   調査員紹介


   調査報告ダイジェスト
   生息域拡大について
   分布/個体数/群数
   profile
   サルの暮らし
   サルの食卓


   下北半島のサルや
   自然についてのTOPICS


   俳句/イラストなど
   

   研究/論文など

 ミズバショウの仏炎は仏像の背にある炎の形に似ているため、この名前が付けられたそうですが、ミズバショウの大切な部品のひとつのようです。真冬の時期は厚手のコートのような緑色をした葉の内側にあり、まるで下着のようです。大切な肉穂花序をしっかり円錐状に包んで春の訪れを待ちます。早春、葉が開くと、中から白くて薄手の仏炎をまとった肉穂花序が姿を現します。やがてこの下着も開かれ、初々しい緑色の肉穂花序が顔を見せます。仏炎苞は昆虫を誘うためにも役立つのだそうです。ミズバショウは風媒花の要素をもつとも言われますが、仏炎苞は大きいほどたくさんの昆虫が訪れることが知られています。仏炎苞を取り除いた実験では昆虫の数が三分の一に減ったそうです。それに、春の訪れとは言っても、まだまだ虫たちも凍えそうな気温です。そんな寒さのなかで仏炎に囲われた肉穂花序のところはザゼンソウのように発熱しないまでも、虫たちにとって居心地が良いところかもしれません。

 ところで、このミズバショウは水があれば生きられるというわけではなさそうです。わたしは下北地方(下北郡およびむつ市)でミズバショウの生息状態を調べてみることにしました。地形図(1990年版国土地理院2万5000分の1地形図)を広げて湿地記号が付いているところを全部数えると58箇所ありました。国土地理院に問い合わせたら、湿地の面積がおよそ0.6ha以上ある場合に地図上に記号で示すのだそうです(但し極端に細長いものは含まない)。わたしは2002年にこれらの湿地の多くをを実際に訪れてみました(未調査箇所1箇所と立入禁止区域で見えないところ9箇所を除いた48箇所)。このうち約58%(28箇所)の湿地にミズバショウが確認されました。そのなかの2箇所にザゼンソウ(ミズバショウ属で赤紫色の仏炎をもつ草本)が一緒に生えていました。このことからザゼンソウは結構珍しいと言えます。

 ミズバショウの生えている湿地の多くはヤチダモとハンノキの両方が生えている(9箇所)か、あるいはハンノキだけが生えていました(7箇所)。残りのミズバショウ湿地にはハンノキとヤマハンノキが生えているところ(1箇所)、スギ林になっているところ(1箇所)、ヤチダモとヒバの両方が生えているところ(1箇所)、クロマツ林になっているところ(1箇所)、まったく樹木がない牧草地(2箇所)などとなっていました。このような状況を見てみると、下北半島でミズバショウが自然な状態で生き生きと生息するのにはヤチダモやハンノキが生えて、しかも沢が蛇行して水を満遍なく供給するような湿地が望ましいように思えます。ヤチダモとヒバの両方が生えているところ(恐山地域)は数少ない自然条件のようですが、残念ながら伐採や道路での分断が見られました。ヤチダモやハンノキは湿地のなかに生息し、ミズバショウのために適度に日陰をつくってくれる一般的な樹種と考えられます。

 ヤチダモやハンノキが残っているところでも人工的に目立った改変を加えられたところではミズバショウの生息状況が悪化していると見えました。湿地の改変で一番多いのは牧草地・放牧地への転換(12箇所)です。それと肩を並べるのが原子力発電所用地としての利用(11箇所)です。次に多いのは耕地(休耕地を含む)への転換(8箇所)、水路の設置(湿地の上流を堰堤などで堰き止め、直線的な水路を作り、離れた田畑に水を供給する場合等)(8箇所)もあります。干上がった湿地では樹木の伐採、スギやクロマツなど人工林への転換がおこなわれているところもありました。また、埋め立てられている湿地も多く見うけられ、これらは、宅地(5箇所)や、それ以外の用途(残土捨て場、駐車場、コンブ干場など)(8箇所)になっていました。わたしが見た限り、目立った改変が認められなかったのは全体の湿地数58箇所のうち、僅か6箇所でした。

 これまで湿地の数だけについて改変状況をみてみましたが、面積の変化についての答えは未だでていません。でも恐らく広大な面積が人間の価値観でその性格を変えていることでしょう。ミズバショウの湿地が干上がったり、伐採されたりすると花の数が減ったり、小型化したり、ヨシが侵入して来たりするように思います。下北地方から地図上に示されないような小さな無数のミズバショウのある湿地は、これからも、あちらこちらに存在すると思いますが、大きな湿地は危機的状態、あるいは殆ど消滅寸前の状態にあるのではないでしょうか。湿地はそこに依存する動植物を育むばかりでなく、環境の浄化作用をもっていると言われています。下北のひとびとが何を選ぶかが問われるところです。

文章・写真:鈴木邦彦

参考文献

北海道医療大学薬学部付属薬用植物園・北方系生態観察園HP
東北大学大学院生命科学研究科 植物生態学講座HP
原色日本植物図鑑草本編(V)保育社
野山の植物 牧野晩成著 小学館

前のページに戻る


当ホームページの全ての著作、写真、イラスト等には著作権が存在します。全ての無断転載を禁じます