
3月14日 どんよりとした曇り 8:55昨日の最後の位置から3m離れたササ群落の中でうずくまっている姿を発見。死んでいるのかと思ったが、私の接近に顔をあげる。雪面に座りじっとしている。 9:15ヨタヨタと歩き、ササの葉を食べる。 10:05薄日がさす中、雪面から 50cmの高さの枝で眼を閉じ、じっとしている。時々身体全体が細かく震える。 11:00午前中の観察終了。衰弱が激しく、遠方への移動は不可能。死に逝くさまの観察は遠慮すべきかもしれないが、大いに関心があり、午前中 2時間と午後 1時間と観察時間を決めてツツジの最後を看取ることにする。 16:10ササ群落の中でツツジを再確認。午後から風が強くなる。強風を背で受け、身をかがませ、小さな塊となっている。枝がきしむ音に反応し顔をあげるが、すぐに身を伏せ小さくなる。強風が立ち上がる力を奪い、地面を這う力をも押さえているようだ。 16:30海岸斜面のミズナラの曲がった根元にたどり着き、腰を下ろし、丸くかがむ。風の音や波の音が、ツツジの終わりを誘っているように聞こえる。いのちの輝きが、まさに今、消えようとしているのだ。明日の朝、ここに居るのだろうか? 元気になるはずはないが、このミズナラの根元で息絶えているのではないだろうか? そんなことを思いながら 17:00観察終了。
3月15日 雨、午後から晴れ 夜半に大雨、ツツジのことが気がかりだった。 9:06 昨日と同じミズナラの根元で同じ姿勢でうずくまっていた。まだ生きていた。強い雨に打たれ、体毛はぐっしょり。雨の中、一晩中じっとしている姿を想像し胸が痛む。 9:25 少し距離をおいて観察する私の傍までヨタヨタと歩いてくる。左眼が白内障で視力低下は間違いない、ひょっとしたら見えていないかも。そんな眼で灰色の空を見上げ、物思いにふける。私も左眼を閉じ、ツツジと同じように見上げてみる。頬に陽の光の暖かさをほのかに感じるが、何と見にくいものなのだろう。うっとうしくて1分間も片眼だけでは我慢できない。 10:07 雪を手で取り食べる。ガマズミの冬芽も食べようとするが、歯がなく十分に噛めないようだ。それでも10芽ほど口に入れる。 10:20 日向ぼっこ。じっとしている時、小刻みに震えている。 11:00 午前中の観察終了。 16:00 午前中と全く同じ場所で雪を食べている姿を確認。16:25 今日の観察で始めてササの葉を食べる。観察時間は限られているが、確実に食事量も時間も減っている。毎日、夕方の姿がツツジの最後かもしれないと思う。 17:00 地面にたたずむ姿を観察し終了。
3月16日 曇り、時々晴れ、一時雪 早朝に吹雪く。急いでツツジの様子を見に行く。うっすらと積もる程度の積雪。 8:05 昨日の最後と同じ場所でうずくまるツツジを確認。じっとしている。 8:25 雪を食べるために1mほどヨタヨタと動き、食べた後、再び元の位置に戻る。 9:10 雪が降り始める。背中に積もった雪を振り払うが、動きが弱く完全に落ちない。背中に積もる雪、うずくまる小さな身体。死は厳粛だ。たとえそれがサルであっても。ツツジのいのちが、粛々と閉じようとしている。背中に積もる雪が「ツツジ、もう動くな!」と死を宣告する重石のようだ。 9:50 シロハラの死体を発見。 10:30 午前中の観察終了。 16:00 午前中の場所より5mほど移動し、スギの倒木のちょっとした窪みで、海からの風を避けるようにうずくまっていた。 16:12 雪を食べる。今日の観察では雪以外は何も食べていない。かなり衰弱している。動きもたどたどしくなり、視線もうつろとなっている。今晩が山だなと直感する。 17:00 うずくまるツツジの姿をビデオに納め、観察終了。
3月17日 晴れ 8:45 ツツジの死亡を確認。昨日と同じスギ倒木の窪みの中。陽が当たり暖かそう、体毛がふさふさと風に吹かれていた。脇野沢村教育委員会に報告し、鯛島を見下ろせる斜面にツツジを埋葬する。
1997年3月1日にA2−85群のウメ、2000年3月中旬にA87群のサツキ、そして今年2001年3月17日にA2−84群のツツジ、下北の三婆と呼び、親しんできた老婆たちが相次いで姿を消すことになりました。オスザルでもブリ・サヨリ・マンボウと馴染みのあるサルたちがこの世を去っています。下北半島南西域、脇野沢村の民家周辺に生息するサルの群れも世代の交代が進んでいます。
写真・文章 松岡 史朗
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