下北半島のサル調査会

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ニホンザルの方言のはなし

京都大学霊長類研究所 田中俊明


鳴くサル

東京弁、関西弁、東北弁、九州弁などなど、せまい日本なのにたくさんの方言があります。方言の性質としては、さまざまなものが挙げられるでしょうが、学習性はその一つです。例えば、フランス人の赤ちゃんが京都で育てば京都弁を話すようになるでしょう。人間は育った土地の言語や方言を学習するのです。かくいう私も栃木県で生まれ育ち、栃木を離れて15年以上たった今もなお栃木弁を話しています。さて、ほかの生き物にも方言はあるのでしょうか?方言の研究は、鳥の歌(さえずり)についてくわしく研究されてきました。鳥の音声研究の世界では、ある集団内では歌が同じであるのに、これと交雑が簡単におこる可能性のある近くの集団とは歌がちがっている場合に、方言が生じているといいます。これに対して、通常は交雑がおこらない遠く離れた集団間にみられる歌のちがいは地理的変異と呼ばれて区別されています。つまり、遺伝的な違いによるのではなく、学習によって集団間で鳴き声がちがっていることを方言と呼ぶのです。このような意味での方言は、鳥のほかには、シャチ、イルカ、アザラシ、コウモリなどで報告されてきました。

さて、サルにも方言があるのでしょうか?ニホンザルで調べてみました。遺伝的には同じ集団と考えられる二つの集団の鳴き声を比べてやりました。もし遺伝的に同じと考えられる集団間で鳴き声がちがっていれば、遺伝の影響をとり除けるので、学習によって鳴き声が違っている可能性がでてくるからです。対象集団の一つには鹿児島県の屋久島の西部地域にとなりあって生息する野生ニホンザルの5つの群れを選びました(屋久島集団)。もう一つは、愛知県犬山市の大平山のふもとにあった日本モンキーセンター犬山野猿公園(現在は閉鎖してしまいありません)のサルたちを選びました(大平山集団)。大平山集団は、1956年に屋久島で捕獲され愛知県の大平山に移されて以来、外部からほかの個体が入ってくることなしに飼育されてきた集団であり、屋久島集団と遺伝的には同じ集団に属していると考えられます。どちらの集団の個体も一頭ずつ個体識別して、名前を付けてありました。

雪の中、クーと鳴く比較する鳴き声には、クー・コールと呼ばれている音声を選びました。ニホンザルは、クー・コールと呼ばれる鳴き声を、ひんぱんに鳴き交わします。人の耳には、「クー」と聞こえます。ニホンザルは、警戒音、威嚇音、悲鳴、発情期のメスの声などなど、さまざまな鳴き声をだします。しかし、このクー・コールが森の中で聞くことができるもっともポピュラーな鳴き声です。ニホンザルは、採食、移動、休憩、毛づくろいをしているときなど、敵対的な場面を除くさまざまな場面でこのクー・コールを発声します。オスもクー・コールをだすのですが、メス同士でひんぱんに鳴き交わすことが多いようです。というのは、ニホンザルの社会では、メスは生まれた群れに一生とどまりますが、オスは大人になると生まれた群れから出ていきます。このため、メス同士の結びつきが強いからかもしれません。また、ニホンザルの母親は、自分の子供のクー・コールを他の子供のそれと聞き分けることができることも報告されています。鳴き交わしのルールがあることもわかってきました。だれかのクーに返事をする場合は、約0.8秒以内にする。自分が鳴いて返事を待つ場合は約0.8秒待つ。そして、返事がなければもう一度鳴いてみるというものです。返事をするときに、前に鳴いた個体のクーの抑揚をまねることが多いこともわかってきました。視界の利かない森の中に住むサルたちにとって、このクー・コールは、群れの仲間同士で声によるコンタクトを保つはたらきをしていると考えられています。

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