下北半島のサル調査会

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File 35:白神山地暗門川西股沢の旅


  星空の夏の夜 (2008年8月22日)、 Mさんをリーダーに、Hさんと3人で西目屋村の暗門大橋駐車場に張ったテントで眠りにつこうとしていた。明日の夜から明後日にかけて、9割の確率で雨という天気予報を知ったうえでの、二日間で岩木川の源流である暗門川西股沢を溯り、世界遺産地域核心部を往復する計画である。わたしにとって、はじめての白神山地の沢登りであること、また、天気が悪化する方向にあることを思えばやや不安な夜であった。

早起きのMさんに起こされ、外を見ると穏やかな曇りの朝であった。ヘルメットをかぶり、スパイク地下足袋姿で暗門滝への散策道を進む。利用者の数を記録する赤外線カウンターのところで右手の急傾斜地から標高差約300mの暗門滝大高巻きルートを登る(8:20)。登山中に雨が降り、沢が増水して退路を絶たれた事態を念頭に、エスケープルートとしての確認を兼ねていた。迷いながらも二時間四十分後に妙師崎沢(暗門川右股)に降り立った。西股沢出合へ向う途中、先頭を歩くMさんが大声をあげている。見れば、斜面から押し出してきた泥に足をとられてもがいている。もう、おしりの下まで埋まっている。テレビで見た野生のゾウが泥地獄で沈んでいくシーンを思い出した。手を差し延べてなんとか危機を脱した。西股沢出合は直ぐであった。

お昼近かったので、近くで採れたミズ(ウワバミソウ)をむいて、モチ入りラーメンを作っていたら、杖をついて散歩するおじさん風のひとが現れた。白神マタギ舎の工藤光治さんであった。世界遺産地域で採ったミズを見られてしまったので、正直に告白したら優しく笑われた。工藤さんは「今から赤石川へ?」と、われわれのスローペースにやや心配げであった。とりあえず行けるところまで行ってみようと西股沢を溯った。

しばらく河原歩きが続いて、いささか嫌になってきた頃、両岸が岩っぽくなり、滝場が始まった。眼もパッチリし、精神もピリッとする。小刻みの岩のステップのうえをキラキラ光りながら流れる水、二条の斜滝、段々に落ちる6mほどの滝、ストレートに水を落とす滝、赤い一枚岩でできた壁と沢床、スレート瓦で葺いたような滝、平板にナイフで幾筋も刻みを入れたような岩床、と次から次に手ごろな滝や狭戸が現れるので適度な緊張感が気持良い。

やがて、沢が二股になっているところに到着。中間尾根を登ると焚き火の跡がある平地があった。通称「モッコリ」と呼ばれるところだそうだ。焚き火禁止の看板がある。草むら、藪の中に小道が付けられている。これを辿って右股沢の中流部に降り立つ。さらに上流へと河原や途切れ途切れの小道を見つけながら歩く。

流れる水もチョロチョロになったころ、見当を付けて右手の窪を登ると櫛石山(標高764m)から南東に延びる尾根のうえにでた。GPSで位置を確認し、運よく赤石川に至る歩道(峠に白い看板あり)を探した。西へ斜面を下ればヤナダキの沢である。ここにはキャンプサイトもあるはず。Mさんは今日中に赤石川まで行く気持でいっぱいであるとみられたが、Hさんとわたしは、もうそろそろ歩くのが嫌になっていた。斜面中腹の小尾根上に幕営適地が出現。ブナなどの木で適度に風が遮られ、明るくもあり、水場となる湧き出したばかりの小沢が20mくらいの近さである。増水の心配のない申し分のない場所だと思った。今晩から明日にかけて雨が降ることを考えれば、奥地の赤石川まで行かずにここで止まるのが安全で楽と考え、ふたりで「ここで泊まるー」と駄々をこね、テントを設営した(15:45)。

Mさんの提案もあり、今夜からの雨でひどく増水し、西股沢を戻れない場合のことを想定し、赤石川右岸尾根を辿り、櫛石山を越えて奥赤石林道にエスケープする歩道の確認に出かけた。Hさんに調理のマニュアルを渡して夕食の準備をお願いした。退屈しないように飯盒の歴史と焚き方について書いてある資料も一緒に差し上げた。歩道沿いにヤナダキの沢を西に越えて斜面を登ると赤石川との境界尾根にでた。ここは櫛石山からの歩道との合流する峠である。かつて何度か訪れたことがある核心地域のシンボル「クマゲラの森」が西側斜面に広がっていた。

キャンプに戻るとほぼ煮炊きの準備が整い、Hさんはタバコをくゆらせていた。夕食の豚肉醤油味佃煮(家で作ってもらった)を鍋に入れ、水、白菜、春雨、マイタケ、現地調達のミズなどをいれてスキヤキ風の料理ができあがったころ、雨がテントの屋根をたたいていた。明日のことは野となれ山となれとお酒を飲んで寝袋に潜り込んだ。夜中に小便をしに外に出てみると、雲間から星がちらほら覗いていた。

雨の確率9割の天気予報とは裏腹に、青空の切れ端も見える曇りの朝を迎えた。どうやら沢もほとんど増水していないようだ。外で朝飯のモチ入り雑炊を作って食べて、西股沢へ出発。幸い、暗門滝の大高巻きルートも使うことなく散策道沿いに下った。何日か前に出水して、仮設橋が随所で無残に流されていた。第二の滝壷の近くにはカモシカの死体が転がっていた。角から判断し、五・六歳のオスとみられる。右大腿骨が骨折して飛び出していた。墜落したのだろう。足場の悪い危険箇所はリーダーのMさんの配慮で、ロープで確保しあいながら通過した。この慎重さが功を奏して、暗門第三の滝の落ち口で危うく水に流されそうになったHさんは事なきを得た。何れの滝も巨大で険しく、散策道がなければ極めて通過困難なところである。

西股沢を抜け出し、ブナの森遊歩道にでて、最後の山での昼飯のモチ入りラーメンを作って味わった。暗門大橋駐車場付近は観光客で賑わっていた。車で帰る途中に見えた八甲田山も岩木山も厚い雲の中であった。この週末、むつ市はぐずついた天気だったという。わたしたちは大変ラッキーであった。

2008年8月30日 記 鈴木 邦彦 

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