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File30:下北つれづれ(10)
−むつ市街地周辺のクマ棚めぐり
冬、下北半島の山々はすっぽりと雪で覆われ、自由にスキーで駆け巡るのが楽しみだ。
家の窓から釜臥山を眺めては、「こっちの藪も、あそこの木立も、大分、埋もれてきた・・・」
とニンマリする。しかし、2006年の暮れ、青森地方気象台観測史上記録的な暖冬少雪の冬
を迎えようとしていた。雪遊びが望めない風景を眺めながら、正月休みをどのように過ご
そうかと悩んでいた。そんな時、散歩から帰ってきた妻が、「家の裏の林道を少し行ったら、
クマ棚みたいのがあったわよ」と言う。ちょっと、怖そうな感じもするが、早速、そこに
案内してもらった。
その木は幹周り30センチほどのコナラであった。樹冠の枝がバキバキと折られ、そこだ
け茶色の葉っぱがくっ付いたままである。幹のところに目をやると、しっかり爪痕が残っ
ていた。わたしが掌を広げてあてがった指先はクマの手による引っかき傷に丁度一致する
くらいだ。妻は川向こうにある水道局を指差して、[あそこの施設の裏の森にも、幾つかあ
るわよ」と言う。わたしは家に巻尺とデジカメを取りに戻ってから、そちらの森にも案内
してもらうことにした。ふたりで林内をブラブラ歩いて目に留まった顕著なクマ棚の木は
ミズナラとコナラを合わせて13本の数におよんだ。樹冠の枝が折れ曲がっているほか、折
り取られた枝は、地面に積みあがったり、隣の背丈の低い木に引っ掛かったりしている。
ナラ類は爪痕が残りにくいと言われるが、顕著にバキバキ折られた枝のある木ではほとん
ど爪痕が確認された。ここは、スーパーマーケット、たくさんの家などが立ち並ぶ国道338
号線(バイパス)から 500メートルほどで、最寄の民家からは 200メートルという至近距
離である。
この年、初夏から秋のおわりまで、むつ市街地ではツキノワグマの目撃情報が相次いで
いた。毎日のように、町内放送のスピーカーは「こちらは、むつ市役所です。むつ警察署
から、クマの目撃情報をお知らせいたします。本日、午前○○時頃、むつ市○○町・・・・で
クマが目撃されました。近くにお住まいの方やお出かけの方は充分ご注意ください」と告
げる。多い日では4回もの放送があったように記憶している。わたしを含め、市民の多く
は、こんな放送に慣れっこになっていたのかも知れない。この年、むつ市内(むつ、大畑、
川内、脇野沢を含む)での目撃は合計96件(6月は11件、7月は17件、8月は43件、9月
は25件)あったという(新聞情報をもとに下北野生生物研究所の和田久氏が9/24現在でま
とめた情報)。
わたしは、妻に案内してもらったクマ棚の森からお土産にもらってきたミズナラの殻斗
(ドングリの帽子)付きの小枝を居間のテーブルに飾った。夕食の時もこれを眺めながら、
クマが樹で枝を手でたぐり寄せ、ドングリをムシャムシャ食べている姿を想像していた。
雪のない正月は、山でスキーができなくてつまらないが、市街地周辺の森はゴム長を履い
ただけで、楽にあるけそうだ。ここはひとつ、休みの間、街に近いクマ棚を見てやろうと
思いついた。わたしは、五万分の一地形図を取り出して、市街地を起点とする林道、周辺
道路などに黄色い蛍光ペンで印を付けた。歩いてみたいルートが20本ほど浮かび上がった。

クマ棚付きの木は意外なところで見つかりだした。少雪のおかげでクマ棚が見つけやす
く、保存状態も良いようだ。むつ市中央町のガソリンスタンド前にある広葉樹の森で4本。
クマ棚のところから、ガソリンスタンドが見え、働くお兄さん、お姉さんの元気な声が響
いてくる。直線距離は 150メートルもないくらいだ。金谷地区の老人ケアセンターは国道
から 400メートルほど離れているが、駐車場を隔てた法面を登ったところにクマ棚付きの
コナラが生えてる。ケアセンター二階の部屋は絶好のウオッチングサイトであったはず
だろうと想像する。この地区にはスイミングスクールや肉屋さんもある。そこから500メー
トル離れた尾根続きの分譲地の法面上部にもクマ棚付きのコナラがあった。街外れの落
野沢(おどしのさわ)地区はむつ市運動公園の北に位置し、国道から950メートルほど離
れている。ゴルフ練習場、将棋道場、民家などに挟まれた道路に枝を張り出したミズナラ
にもクマ棚が見つかった。クマがドングリを食べながら将棋観戦していた可能性もある。
ミズナラやコナラの実が成熟するのは9〜10月と思われるので、クマが木に登ったのも、
この時期なのだろう。
わたしたちが見つけたむつ市街地周辺のクマ棚付き木の総数は60本を越した。地区数に
して12地区である。これらの地区は市街地を通る国道沿いから2キロメートル以内の距離
にある。このうち7地区は1キロメートル以内に位置している。クマ棚が見つかった樹種
はコナラが最も多く、続いてミズナラ、たまに、サクラやクリである。クマ棚のある森や
立ち木を訪れた時、そこにクマの姿はなかったが、クマは確かにまとまった時間をこれら
の木の上で食事のために過ごしていたのである。わたしたちの生活空間のなんと直ぐ近く
にクマたちは行動圏をもっているのであろうかと驚いてしまう。昨年の出没多発は特別な
のかもしれないが、毎年、決って目撃される地区もある。今のところ、人身被害はないよ
うだが、これから先、長野県の軽井沢町のように生ゴミなどにクマが引き寄せられ、定着
する可能性もあるかと思う。環境省が作成したレッドデータブック哺乳類版を見ると、下
北半島のツキノワグマは絶滅のおそれのある地域個体群となっている。クマたちのために
も、市民のためにも、ひとの生活で改めるべきことやクマの誘引条件となるものの管理に
ついて真剣に話し合う時が来ているのではなかろうか。
鈴木 邦彦 2007年4月
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