File28:虹をくぐる

初冬の日の朝、サル調査の仕事で津軽海峡に面した北通(きたどおり=国道279号線にもなっている)を大畑から大間方面にむけて白いジムニーを走らせる。下風呂温泉(しもふろおんせん)を過ぎ、焼山崎(やけやまざき)へとさしかかってきた。今朝方の雨が過ぎて路面も乾きだし、車は背中に南東から朝陽を受けている。焼山崎がフロントガラスをとおして見えてきた。南から北側の津軽海峡に突き出した崎が海に落ち込むあたりで道は反時計回りに向こうへ回りこんでいる。行く手に虹が架かっている。虹の橋の左側のたもとは茶色く冬枯れとなった焼山崎の付け根あたりにあり、そこから虹の大きな太鼓橋は国道をまたいでいる。右側のたもとは海に落ちている。水平線は波立っていて、そのうえには白くて薄い綿のような雲の層が海と青空でサンドイッチされていた。
このまま進めば、虹の橋をくぐることになる。「そんなことがあるものだろうか?」虹はまだくっきりしている。虹を直ぐ前にした焼山崎がどんどん近づく。虹の背景である焼山崎東斜面の裾まであと二百メートルくらいだろう。わたしはドキドキする気持ちを抑えながら、ハンドルを握る。あたりがなんだか明るくなってきた。そして、焼山崎の裾を先端に向って道は右にカーブする。頭の上がどうなっているか見ることもできない。虹の太鼓橋をくぐっているのかもしれないけれど、光が満ち満ちている茶色い山肌だけが見える。やがて、道路は左カーブとなり、焼山崎の先端を大間方面に回り込んだ。
「おやっ」と思った。いつの間にか虹は大間崎の方向にあっという間に飛び跳ねたようだ。わたしは焼山崎を過ぎたところで、道路脇の広場に車を寄せた。そして、呆気にとられたように遠くに逃げてしまった虹を眺めた。虹の両脚は海の上に立っていて、左脚の向こうには陽炎のように大間崎とその直ぐ沖合にある灯台をのせた弁天島がまるでホバークラフトのように浮いて見えていた。虹はまだはっきりしている。わたしは悔し紛れに、せめてその虹を写真に収めておこうとした。急いでデジカメをだして何度もシャッターを切ろうとしたが、動かなかった。電池がへたっているのかもしれない。電池交換しているうちに虹は空の蒼さに溶け込んでいってしまった。もうすこしで虹をくぐれたのに、逃げられてしまったようだ。
調査の帰り道、車のハンドルを握りながら、今朝の虹のことを思い出しながら焼山崎を通り過ぎた。「あのあふれるような光はなんだったのだろう。」家に帰って、この虹のはなしを妻にしたら、「・・・でもね、あなたは、きっと虹をくぐっていたと思うの。もし、あなたの後を遠くから見ていた人がいたとすれば、きっと虹をくぐっていくあなたを見たと思うの。」わたしはそこではっとした。「自分では見えなかったけれど、虹をくぐっていたのかもしれない・・・。」
2005年12月4日 鈴木 邦彦