下北半島のサル調査会

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下北つれづれ(4)-雪中の虫(雪虫)「セッケイカワゲラ」

 日本で「雪虫(ゆきむし)」ことを初めて紹介したのは、鈴木牧之(1770−1843)と言われています。雪虫は彼の著書である「北越雪譜(野島出版(1993))」の中で「雪蛆(せつじょ)」という名前で登場します。後に、高田測候所長をしていた泉末雄氏(1890−1968)が「雪虫」という名を提唱したのだそうです。「北越雪譜」は昔、山登りの友人から越後の山に登るのであれば是非読んでみるようにと勧められた本です。

セッケイカワゲラ この雪虫の仲間には、トビムシ類、カワゲラ類、ユスリカ類、トビケラ類、ガガンボ類が知られていますが、その中で下北半島でもよく見られる種は、カワゲラ類の「セッケイカワゲラ」でしょう。「セッケイカワゲラ(Eocapnia nivalis(U’eno,1929))」は上野益三氏により新潟県妙高高原で発見・命名されたものです。分布は青森県から兵庫県にかけて、主として日本海の積雪地帯となっています(福井の自然情報データベース)。

 図鑑などによればセッケイカワゲラはクロカワゲラ科に属し、冬季、積雪の上に現れる無翅のカワゲラとなっています。成虫は体長810mm、幅は1mmくらい の細長い体をしており、全身黒色です。よく山の中で雪の上を活発に歩き回っているのを見かけます。渓流周辺はもとより、尾根や頂上直下でも見かけます。その活動はセ氏0度付近が最も活発と言われています。雑食性でトビムシ、ユスリカの死体、落葉等を食べていると言われています。彼らは安定した積雪期間ときれいな渓流に依存している虫なのだそうです。また、この虫は氷河時代の生き残り(遺跡種)といわれています。実際にヒマラヤの氷河の上などでもヒョウガカワゲラというのが幸島司郎氏(東京工業大学助教授)によって発見されています。

 日高敏隆氏(滋賀県立大学学長)によるとセッケイカワゲラは雪が積もった12月の半ばくらいに現れて、雪の上をチョコチョコと、ただひたすら沢の上流へと歩くのだそうです。2月ぐらいまでは歩いていて、雄と雌がそこで交尾をして、雄が死んでしまいます。雌はまだ生き残っていて、3月になると沢の上の雪が解けて水が出てくると水流に下りていって、卵を産むのだそうです。上流に産まれた卵は卵の期間、あるいは幼虫(体長1ミリほど)になって段々流されて相当下流まで行きます。幼虫は夏の間は眠って過ごしますが、渓流に大量の落ち葉が流入する秋になると、起き出して落ち葉を食べて急速に成長し、成虫となって一番寒い時期に雪の上に上陸するのだそうです。そして、雪の上に出てひたすら歩いて元のところへ戻るそうです。彼らは延々と、これを繰り返す生活をしているわけです。

 では、ほんとうにセッケイカワゲラは沢の上流に向いて徒歩旅行をしているのでしょうか。先日(20042月中旬)、わたしは薬研地区、大畑川支流うぐい滝川の林道沿いでセッケイカワゲラの歩く方角に関する簡単な調査(検証)をしてみることにしました。天気はくもり一時小雪・晴のち薄曇。気温約3℃。風は微-弱。調査時間は10:30から14:15まで。標高は100から310mまで。調査では、うぐい滝林道を下流から上流に向かってゆっくり歩きながら、雪上に目撃されセッケイカワゲラの向きを記録しました。記録した虫の数は67匹。このうち本流または支流の上流方向を向いていたもが87%(本流上流方向へ=47;支流上流方向へ=11匹)、下流方向を向いていたもが12%(8匹)、横向き等で上流・下流方向のいずれでもないものが1%(1匹)。これら目撃した虫のうち1匹が木の葉の屑らしきものを採食していました。上流に向かって歩くというのは本当だったのです。ついでに、ひたすら一直線に歩く虫の移動速度を測定すると1分当たり112cm進みました。仮に、一日当たり200mのスピードで、100日(積雪のある期間)歩くとすれば、冬の間に歩く全距離は20キロメートルにおよびます。大畑川は凡そ25kmありますので、ほぼ8割がた歩く計算になりますが、このように長い河川ばかりではないので、実際のところは分かりません。ちょっと意地悪ですが、歩いているカワゲラを雪の上に乗せたまま、そっと手で持ち上げて方向を180度回転させて下流を向かせると、虫はくるっと向きを上流方向に変えたのです(これを3回繰り返した)。移動速度を測定した時、わたしが近づくと緊張するのか歩みを止めたりする虫もよく見られました。雪の小さな隙間に隠れてしまうものもいました。また、餌等に気を取られるのか、まとまった距離を測定できたのは継続して歩いた1匹のみでした。

 雪山登山をする時、晴れた日なら、たいてい雪の上でお目にかかるセッケイカワゲラにはとても親近感を覚えます。それは、彼らも、わたしと一緒で、徒歩のみで高みを目指しているからでしょう。歩き疲れた足を止めて、偶然、雪のうえにうごめく黒い点を見つけた時は「ああー、おまえ、こんなとこにいるゥ」と嬉しくなります。易国間川源流にあたる燧岳(781m)の山腹では交尾中と思われるセッケイカワゲラを目撃しました(2月下旬)。一匹のセッケイカワゲラの背にもう一匹が乗っかって歩いていました。また、山の八合目付近(620m)ではわたしの立っている足元に10匹くらいの虫が次々と雪面を登ってくるのを見ました。「おっ、おっー、はるばる、ようやって来た!」とすっかり感銘をうけました。まるでマラソンのゴールを見ているような気分になったのです。「ところで、おまえたちはみんなメスなのか?」山の帰り道、中腹にて一匹の動かないセッケイカワゲラを見つけました。掌にのせてよく見ると死んでいます。これは役目を終えたオスかもしれません。わたしはリュックサックから空になった弁当箱を取出し、中を雪で拭いてから、遺骸をそっと横たえました。現在、彼(?)は透明なプラスチックのケースの中で白い紙を雪替りのベッドにしてリビングルームに飾られています。

 セッケイカワゲラがいつ頃まで観察できるかも気になることです。下北半島の奥戸川下流では3月上旬、川内川の源流にある朝比奈岳(874m)の中腹では4月上旬日、さらに八甲田山麓酸ヶ湯温泉(890m)から大岳(1585m)に登る斜面でも4月中旬に出会いました。雪があるところでは春遅くまで活動するのでしょう。高山の雪渓では夏でも見られるそうです。みなさんも見付けてみてくださいね。

参考文献

鈴木牧之 著「北越雪譜」 野島出版(1993)
柏崎市立博物館HP
福井県福祉環境部自然保護課HP
富山市科学文化センターHP
滋賀県立琵琶湖博物館 HP


文章・写真:鈴木邦彦


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