下北半島のサル調査会

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下北つれづれ(3)ーヒメシロモンドクガとの出会い

 六月中旬の或る日、リビングルームのテーブルにアカツメクサの花とマーガレットがアオハタジャムの空き瓶に差してありました。妻が玄関先で摘んだものでしょう。なるほど、雑草でも、こんもりとブーケのようにして飾れば結構かわいいものです。翌日、花を差したビンの周りにケシ粒よりも小さな黒いものが散っていました。「コレなにかな?」と、やや不思議に思っていたのです。そのままにしていたら、その翌、その小さな黒いものはもっとたくさんになっていました。妻に聞くと、アカツメクサの葉の上に小さな黒い毛虫がいると言います。小さな黒いものは毛虫のフンだったのです。虫眼鏡で毛虫の顔あたりを覗くと、黒くて丸い眼の下で左右に動く剪定バサミみたいな口が忙しそうにアカツメクサの葉を食んでいるのです。近くにアカツメクサの花とマーガレットの花びらの食痕も確認されました。毛虫はわたしたちと一緒の部屋で、そのまた、小さなブーケの世界の中に暮らしているのです。なんとなく可愛らしく思えてきたのでした。

中齢幼虫の糞を顕微鏡で覗いたら・・・「フンやウンコ」と言うと、汚く聞こえますが、これが結構綺麗なのです。ファーブル君顕微鏡で覗いてみると・…。「ややっ、ワインカラーをしたカリフォルニア・レーズン!」「これはカワイイ!」と歓声をあげてしまった。それに、ちっともベトつかないで、コロコロと転げるのです。思わず、デジカメを接眼レンズに押しつけて、ちょっとボーっとした写真を一枚撮りました(写真)。物差しで計ると直径0.30.5ミリ程です。夕方の六時、ブーケの下を綺麗に掃除して、印刷用の白い紙を一枚敷きました。「明日が楽しみだなあ」と話しながら、毛虫を見ながら夕食を摂りました。次の夕方、六時を待って、落ちているフンを数えてみたら25個ありました。ジャム瓶の水中に落ちたものや植物の間に挟まったものもあるでしょうが、極少数と判断し、無視しました。毛虫は一時間当たり、平均、フン一粒を生産していたのです。たまたま、覗いたときにフンをする瞬間を見ることができました。その時、毛虫は、垂れたアカツメクサの葉の上で逆さまになっていましたが、お尻のほうがステッキのように曲がって、見る間に小さなカリフォルニア・レーズンが一粒顔を出し、次の瞬間、ポロリと葉の表面を転げ落ちました。ニホンザルのようにくっ付いた団子状ではありません。この時期、毛虫の体長は約十五ミリでした。照明の点いた部屋でも、夜の九時くらいには活動を停止しているようです。また、朝は意外にお寝ぼうさんのように思いました。七時くらいに覗いても、じっとしていました。前に、フンは一日当たり二十五個したと言いましたが、夜間はほとんどしていないようです。マーガレットはもう食べずに、アカツメクサがお気に入りのようです。

しっぽが切れた??? 数日後、いつものように、毛虫を覗くと、ナント、葉の上を歩いてきた後方に、五ミリほどの長さの体の一部と思われる部分が切り離されたごとく残っていました。背中にも異変が起こっていました。カビのような白いモコモコしたものが生えているのです(写真)。一体、大丈夫なのかとビックリしました。それに、動きも鈍いようにも思われ、心配になりました。この事を仕事先で、蝶に詳しい人に話したら、その毛虫はきっと「ドクガ」の一種でしょうと言うのです。そして、切り離された体の一部のように見えたのは、実は脱皮した殻だと言うのです。そう言えば、脱ぎ捨てた黒いパンツのようでもあったのです。顕微鏡で覗くときっと、面白いでしょうと助言されました。しかし、ドクガに触れたりすると皮膚に毛が刺さったり、腫れ上がったり、ただれたりすることがあるから要注意との警告もうけました。さらに、部屋中に毛が散乱して、それが、肌に触れた場合、同様なことが起こる可能性があるとも言われたので、「あの毛虫、どうしよう?」と心配になってしまいました。でも、これまで一緒に生活していて、何事もなかったので、とりあえず、そっと観察を続けることにしました。サナギになる時、地中に移動する幼虫もいるから、水に生けている植物で飼育する場合は、水に落ちて死んでしまう危険性もあるので注意が必要でしょうとも言われました。家に帰ると毛虫ちゃんは葉の上にいましたが、あの黒いパンツはどこにも見当たりません。妻に尋ねると、「新しい草に交換しておきました。古いのは生ゴミと一緒にして出しちゃったわよ」とのこと。もう、黒いパンツは手の届かないところに行ってしまったようです。家の中に、ちょっと険悪なムードが漂ったのは隠せませんでした。

 脱皮後の毛虫はびっくりするほど大きくなっていました。黒い身体にははっきりと頭尾方向に黄橙色のストライプが見えます。さらに、頭に近い背中には白色のタテガミ状の毛束が直列に四束生えていたのです。また、両眼の直ぐ後ろにはそれぞれ、赤い斑が一つずつあって、その辺から一束の黒くて長い毛が斜め前方に飛び出すように延びていました。お尻の辺りからも毛束が延びています。「ウワーッ、結構派手だなー」。体長を測定すると、約三十ミリもありました。丁度、脱皮前のサイズの二倍です。体重は四倍くらいになっていると想像できます。生産するフンの直径はもうケシ粒ほどの小さなものではなく、11.5ミリほどありました(写真)。ブーケの上で猛烈な食欲でアカツメクサの花や葉を食んでいます。

中齢幼虫と終齢幼虫の糞の大きさの違い

 インターネット検索の結果、その特徴から、チョウ目ドクガ科「ヒメシロモンドクガ」の終齢幼虫(サナギになる直前の幼虫)であることが判明しました。体の前方に突出した長い毛束が角のように見える小さな毛虫なので、コツノケムシとも呼ばれるそうです。ドクガなのですが、「ヒメシロ」の名はなんとなく、「お姫様」をイメージしてしまいます。そこで、「ヒメシロちゃん」と呼ぶことにしました。日本全国に生息し、朝鮮半島、台湾、シベリア南東部にもいるそうです。幸いなことに、他のドクガのように毛に触れたりした場合腫れ上がったりするような毒性は確認されていないとあったので、安心しました。しかし、実験用に何世代も飼育したら、だんだんアレルギー症状がでたため、飼育を断念した例もあるなど、蓄積毒性等、不明な点もあるので、直接は触れないことにしました。説明の写真を見た限りでは、成虫のオスはずんぐりした蝶のような形で、灰色の両前翅端付近に白い小さな斑がひとつずつある極めて地味なガであることがわかりました。一方、メスは翅が貧弱で空飛ぶガのイメージはまるで無く、色は薄茶色です。セミの幼虫のような形にも見えます。度派手な幼虫に比べ、成虫はとても地味のようです。終齢幼虫で体長3040ミリとあったので、わたしのところのヒメシロちゃんはちょっと、小ぶりといったところでしょう。

 ヒメシロちゃんは以前にも増して、アカツメクサを食んでいます。背中の歯ブラシのような毛束の色も金色に見えます。数日後、姿が見えません。ブーケの葉の裏を探すと…居ました。でも、ヘン!アカツメクサの三つ葉のうち二枚を白い絹糸のようなものでつなぎ合わせ、船底状に作り、そこに身を横たえて、さらに、ドームのように自分自身を包んでいるのです。この時は、中にいるのが透けて見えたのですが、その翌日は、ドームを形作る絹糸はさらに重ねられ、ほとんど見えないくらいになっていました。かつて、立派だった黒い体毛が、白いドームの屋根に折り込まれたようにも見えます。ヒメシロちゃんはサナギになる準備だったのです。

 毒性について不明な点があることや、あまり人工的な環境も相応しくないかもしれないと考え、ヒメシロちゃんには野外飼育箱を用意しました。街のショッピングセンターの百円ショップで目にとまった木製升(升酒用)を利用したのです。これを横に立て、新しいアカツメクサを床の部分に敷き、この上に繭に包まれたヒメシロちゃんをそっとのせました。これで、お家のできあがりです。時々、様子を見に行けるように、家の脇の草むら近くに置いてあります。やがて、成虫に変身して登場するのを是非見たいと思っています。オスかメス、どちらであるかも気になるところです。ヒメシロモンドクガは昆虫のことをほとんど知らないわたしにとって思いがけない案内役を勤めてくれたのです。

文章・写真   鈴木 邦彦


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