秋田県山本郡二つ井、高岩神社再訪   2006年10月29日  三戸幸久

今から約20年ほど前、この高岩神社を訪れたことがあった。同行していただいたのは同じくニホンザルウオッチャーの井口基さんだった。
 なぜ訪れたのかといえば、今を去る200年ほど前、享保 2年に三河の旅人菅江真澄がそこを訪れサルの群れに出会っているからであった。菅江真澄は次のようなことを記述していたのだ。 (地図)

 享和二年(1802)三月十日 ひるごろから高岩山にのぼろうと頼んだ案内人に導かれて恋沢というところを左にわけいった。(中略)年をへた松、杉、檜、桜、槻、桂、楓などの茂りあうたくさんの木のなかに、大岩の頂があらわれている景色はことにすばらしい。なお深くわけゆくと、萱ぶきの堂が高くつくられてあり、(中略)二十尋もある岩のなかほどをほりあけて格子をはめ、三十三の石の菩薩がすえられてあった。(中略)女御殿という岩が高くそばだち、その大きな岩にはたくさんの穴があいていて、これが目籠石とよばれている。(中略)この石面の穴ごとに、猿がたくさん伏しかくれ、かがんでいる様子は、春日山(奈良)の石燈籠に猿が身をひそめているさまとおなじであった(下図 大和名所図絵)。このめかご石の穴に銭を投げ入れると、自分の願いがかなうというので、連れの人々がさかんになげいれた。そこにいる猿どもの頭に銭がうちあたるのであろう。目鼻をおおい、頭をかかえて一匹が逃げだすと二匹出て、それにつれてみな逃げていった。男御殿にはおおよそのぼるひとはまれであるが、女御殿には男女の区別なく、毎年四月八日に神事があってのぼってゆく。(菅江真澄遊覧記4 東洋文庫 平凡社から)

大和名所図絵、春日野から 燈籠の中にサルが潜んでいるところが描かれている。

 というわけで訪ねたわけだった。今回はそれと同時に生息状況の確認もかねてたずねた。地元の方々からはサルの群れは見ないがハナレザルは時々来るとのこと。サルの群れは藤琴川上流域素波里ダムまでのようで、まだ高岩神社周辺にはサルの群れはやってきていなかった。

 
入口看板(左)と30分歩いて見えてくる赤い鳥居。

 
立て直され立派になった神殿。20年前の神殿は六角形でその中でまたテントを張って泊まらせていただいた。それでも寒くてがたがた震えていたことを思い出す。


神殿の後ろにある目籠石。でも表示の杭には籠目石になっていた。


かつてはこの岩の穴も大きくサルが入れるくらいだったと思われる。   
見上げるほどの男御殿の大岩(左)と裏に回ると垂直な壁に鎖が一本たれ下がりよじ上れるようになっている。

 
帰り、参道をでると藤琴川に沿って刈り入れが終わった水田地帯が広がっている。この藤琴川の源流部は白神山系で、ニホンザルの一大生息地である。  


お茶でもどうぞ