「生息アンケート」というものについて 2004年11月5日 三戸幸久
先回の、東京三太さんからの「笠と国」でのご指摘は、「アンケートというものは重大な弱点を含んでいますよ」という問題提起でもあります。
といいますのは、これまで紹介してきましたニホンザルの古生息情報である長谷部資料、岸田資料、竹下資料のどれも、地図上にその生息情報を落とす段階でこうした弱点が姿を現してくるのです。 アンケート・調査票には地名が書いてありながら、現在の地名にはなく地図上に場所を特定できない。ちらっと姿を見せていたニホンザルを山の中で見失ってしまったような気分にとらわれます。 その理由は4つまとめられます。それを
一番古い長谷部資料で見てみますと、
- 一つは、かつてあった地名が統廃合によってなくなってしまった場合。この場合はアンケートが実施された時代以前の古い地図や関係資料や文書を探さなければなりません。
(例えば、「青森県上北郡法奥沢村」という記載がありますが、そういう村は今はなく、一帯は十和田湖町になっています。町村合併史関係資料などで「法奥沢村」とはどこを指すのか調べてみますと、
法量村、奥瀬村、沢田村の三村が合併してできた村だということがわかります。)
- 二つめは、地元で呼び習わしている地名なのですが、その土地に住む人しか知らない地名の場合。
(例えば、「岩手県気仙郡吉濱村桐ケ柵」という記載がありますが、そういう場所は地図上にはもちろんない。柵というからには“いくさ”や“牧場”に関係あるかと山の手を探しても見つからず、結局、漁業関係者の方々にあたってやっと「海に突き出た半島の断崖絶壁部分が船から見ると柵のように切り立っているところからつけたんだ」ということがわかってきます。竹下資料の中にも「岩手県釜石市唐丹町の南小屋」などという記載がありますが、これなども土地の人しかわからないでしょう。)
- 三つ目には、アンケートに答えた人(依頼を受け調査した人)が、地元の人から地名を聞く(読む)段階で聞き(読み)間違えてしまった場合。
(例えば、記載が、「青森県北津軽郡相内村四ケ岳」であるが現地には「四ケ岳」はなく、村内に「四ツ瀧」があるので聞き間違いと思われます。)
- 四つ目は正しく聞いた(読んだ)のだが回答用紙に記入する段階で誤記したり、当て字で記入してしまった場合。
(例えば、記入は「岩手県上閉伊郡上郷村水掛官林」と書いてあるのですが、現地には「水掛官林」はなく「沓掛官林」があるので誤記と思われます。)
以上のことから東京三太さんのご指摘の地名は、当時の担当者の「勘違い」「聞き間違い」「書き間違い」などがあっただろうと推測されます。三太さんも友人の方も、解読にはずいぶんとご苦労されただろうと推察いたします。 しかし、こうした「ニホンザルの生息域がどのような変遷を経て現在に至ったのか」を知る調査は、「かつてこの山にサルがいたのだ」ということの発見によって、調査する者に「ニホンザルというもののあらたな魅力、価値」をもたらしてくれます。 昔の回答者を現地に訪ねながらのニホンザルの聞き取り調査のようで、じょじょにサルに近づいているのだという、ワクワクする感覚をおぼえることがあります。 さて立ちかえって、アンケートについてまとめますと、実施する段階から取りまとめる段階までの間、どの場面、どの段階でも“間違い”“勘違い”“誤り”が起こりうるということがわかります。 ただし“間違いだ”と想定はできるものの、当然ながら「原記載」は変えることはできません。 私たちは「アンケートというものはそういう弱点を隣り合わせに持っている」ということを十分に知って、実施、対応しなければいけないということでしょう。 本ホームページで紹介したアンケート古生息資料をご利用の皆さん。どうか慎重に吟味の上、過去のニホンザル生息の謎解きをしてください。
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