続・サル雑感  2005年1月3日  寺山 光廣

 年があけてしっかり雪も降り積もり、いよいよ軽井沢のサルにとって「受難の年月」が始まるのでしょか。
 長野県と軽井沢町の行政当局は、軽井沢に棲息する90頭あまりのニホンザル全頭駆除にとりかかる予定です。当局は今年度駆除予定の30頭が、全頭駆除の一環なのかどうか言葉を濁していますが、猿害の激しい地域で被害防除のため通常行われる駆除でも、棲息数の一割ぐらいなので、3割をこえる駆除というのはあきらかに「共存を図りながら被害を防除する」という特定鳥獣保護管理の基本目的を超えています。

 実際に駆除の実行にあたるであろう地元猟友会のメンバーからは、個人的な感想として、「サルだってバカじゃない。全部殺すなんて出来っこない」という声が聞かれます。町当局は、今年の30頭は銃殺、大きい個体を狙って、できれば雌を撃ちたいと言っています。来年度は県の檻を使って捕獲するそうです。この全頭駆除計画が実行された場合、どういう事が起きるか、いくつかの可能性を簡単に想定してみましょう。

 まず今年度、当局の思惑通り大きな雌30頭殺したとします。この数は軽井沢の群れの成獣雌のほぼ全てにあたりますから、それらの雌が育てている子ザルの生存も難しくなるでしょう。
 ニホンザルの社会はその群れで産まれた雌がそこで成長し、群れをリードするいわば母系社会ですから、雌の成獣が全部いなくなれば群れそのものの崩壊が考えられます。雄の成獣はもともと一度は群れを離れて大きく移動したり、繁殖期だけ出入りするので、新天地や新しい群れを求めて、移動していくでしょう。
 若い雌や雄たちが西に移動した場合、そこは御代田・小諸・東御という地域でクルミ・リンゴ・モモ・ブドウなど果樹栽培の盛んな土地です。農業被害という点では、軽井沢と較べものにならないほど重大な影響が考えられます。
 はたしてこれらの近隣自治体や農家の了承が得られているのでしょうか。この問題は来年度全頭駆除を実行してみたものの、多くの成獣に逃げられた場合にも同様です。

 次に、今年鉄砲を撃ちまくってはみたものの、猟友会の言うようにサルの方が利口でうまくいかなかった場合、無差別に何頭かの血が流されて終わります。この2年間、すでにこれが実行されましたが、その結果サルが人間を怖れて被害が少なくなったとも思えません。畑を荒らすハナレザルや、人家への侵入・人への本格的な威嚇や危害を及ぼす可能性のある個体を特定して駆除する事に較べると効果は格段におちるでしょう。

  最後に、「首尾良く全頭駆除出来た」場合を考えてみます。
 空白域になることで群馬県側から別の群れが侵入する可能性とサル虐殺に対する国内外の世論が観光地軽井沢の価値を大きく傷つけるであろう事については、他の方々が述べていますので、ここでは鳥獣保護管理の観点から考えてみます。
 全国にたくさん存在する猿害に対し、先進的な自治体は様々な対策を講じて効果を上げてきましたが、一方で多くの市町村は対策業務を委譲されても充分な予算・人員もなく、知識や有効なノウハウもないまま、毎年許可された数だけ駆除する事に終わっています。
 今、国立公園・鳥獣保護区であり、農業被害もほとんどない軽井沢で全頭駆除が環境省と県から許可され実行されて、その結果猿害がなくなったことを聞けば、はるかに多大な被害を抱えている多くの自治体が全頭駆除を求めて来ることは必至です。軽井沢が日本で最初の「全頭駆除成功」の前例となって、各県が市町村からでる同様な申請を拒めなくなるでしょう。
 既に東北地方など、いくつものニホンザル地域個体群が孤立しているような状況の中で、あちらこちらで全頭駆除が進めば、ニホンザルがトキやカワウソ・ニホンオオカミと同じ運命をたどることが考えられます。

 近くでは、軽井沢の群れが属する群馬県西部の地域個体群に対し、猿害に苦しむ松井田・妙義・下仁田町などで駆除圧が大きくなるでしょう。ここの地域個体群は群馬県庁の調査によれば年々減少していて、H4年の935頭がH15年には575頭となっています。この数に軽井沢の群れを足しても、環境省が考えている地域個体群の健全な存続に必要な規模を下回ると思われます。それにもかかわらず、この地域では既に毎年かなりの駆除が実施されています。

 群馬西部に地域個体群がなくなることは、信濃川と利根川に遮られている東北日本と中西部日本のサルの交流が難しくなることを意味します。
 この二つの大きなエリアのメタ地域個体群は地図上(下図)は連続していますが、実際は信濃川・利根川の2大河川と平野部に広がる市街地に遮られていて、群馬県西部から北部の山岳地帯を除くと長野県北部で信濃川の橋梁を渡る以外に(実際に渡っているかは判りませんが)交流出来ません。

 奥秩父から碓氷峠・上信国境・谷川連峰・奥日光に至るS状の細い山岳地帯がニホンザルのみならず、カモシカ・ツキノワグマなどにとって、そこを失うなら本州が2分されてしまうきわめて重要な「生息の回廊」にあたります。軽井沢を含む群馬西部の地域個体群が健全に保全されなければ、両エリアの遺伝子交流が途絶え、「生物多様性」の重要要素である種の遺伝子多様性を損ない、ニホンザルの健全な保全に支障をきたすものです。

 この冬、軽井沢と長野県は軽井沢のニホンザル全頭駆除に着手しようとしています。数十年後、「寒冷地に適応した霊長類として世界的に貴重な日本固有種ニホンザルが絶滅したのは、2005年軽井沢でスタートした全頭駆除がきっかけでした」と歴史に残るのかもしれません。 (以上)

※図の引用は、「里のサルとつきあうには」(室山 泰之 著 京都大学出版会)より


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