武士泊海岸清掃活動報告  2005年8月6日  穴原 玲子

 サルの夏季調査も無事終わり、いつもならそれぞれ帰り支度をして解散をする日に、7人もの勇士が集まってくれ、ゴールデンウィークにつづく、下北半島武士泊海岸清掃活動の第二弾が始まった。
 春とまったく違うところといえば、「暑い」の一言。とにかく暑い。
 春の杉花粉など足下にもおよばないくらい、どうにもならないうだるような暑さと、アブの大群に襲われながら、清掃活動が始まった。

 いつものことながら、武士泊林道は歩くととても気持ちが良い。
 暑さの中でも、林道に入れば涼しい風がそっと吹き抜けてくれ、海岸に打ち上げられたゴミさえ見なければ、下北のなかでもかなりランクの高い林道ではないかと思う程だ。
 そんな気持ちも、目の前に広がるきれいな海と、膨大なゴミを見た瞬間に消え去る。
 「うわぁ」。これが大概の人が初めてみるゴミ山の感想。

 自分の手で海岸を隠し、海だけ見れば本当にキレイなのである。でも手をはずすとゴミだらけの海岸が目前に広がっているのだ。

 私は、現在、大学院で内分泌攪乱化学物質の人や動物への影響を研究している。
 ありきたりかもしれないが、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」を高校生の時に読み、人間が作り上げた副産物が、小さな動物からクジラのような大きな動物へ蓄積をし、やがては人にも影響があるのではないか?という考えに心を痛めた。
 大学に入学し、シーア・コルボーンらの「奪われし未来」を読み、「死には至らしめないが、少量で複合することによって、子孫繁栄に大きく影響を及ぼす環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)」に関心をもつようになった。
 今、実際に内分泌攪乱化学物質を研究する側になってみると、これらの物質がいかにやっかいなしろものであるかということが、大きな問題となっている。
 武士泊海岸のゴミ同様、いつから蓄積し始めたのかわからないから、いつから人や動物にどんな影響を与えていたのか、だれもわからないのである。
 さらに、どの毒性についても、「死なない量」であるがゆえに、ある人は「死なないのだから、ほっといてもだいじょうぶだろう」というし、またある人は「たとえ死ななくても、子孫への影響(たとえば生殖器官への悪影響など)を考えたら、もっと注意すべきでは?」と主張する人もいる。
 私たち研究者としては、後者の意見に賛成で、今後は、影響を明らかにするだけでなく、どうやったら減らしていけるのかを早急に解明する必要があると考え、日々研究を続けている。

 今日では、日本でも環境を考えた制度がようやく整いはじめ、リサイクル、ゴミ分別、焼却施設の改善が行われるようになっている。
 しかしながら、TVでもたまに取り上げられているように、法規制やゴミ収集の有料化によって、不法投棄はなくなるどころか未だに増加の傾向にあるのではないか?とさえいわれている。
 しかも、まだ日本内のゴミ問題なら、なにか打つ手はあるのかもしれないが、これが海外から漂着する「海流にのったゴミ」の場合は、やっかいである。
 いつ、どこで、誰が捨てたのか判定が難しく(表示されている文字で、あらかた予想はつくけれど・・・)、文句の言いようが無いうえに、回収したゴミの処理費用は回収した本人が支払うこととなるのだ。
 こんな状況では、だれしも見て見ぬふりをしてしまうのではないだろうか。まして、武士泊海岸のように、海岸まで1時間は歩かないと着かない場所では、「見なかった」事にしたくなるのも無理はない。
 ただ、これを放置してしてはいけないのである。
 今現代を生ている私たちには、次世代の子孫繁栄、さらには、そこに生息する動物や植物の生態系を維持する(というより、このまま壊さないようにするとか、邪魔をしないという言い方がいいのかもしれない)の義務と責任があるのだ。

 そういった大きなビジョンももちつつ、武士泊海岸の清掃活動が開始された。

 それにしても、暑かった。なんて事だろう。
 人間が捨てたゴミを回収している私たちをバカにするかのように、容赦ない太陽の照射と執拗なアブの攻撃。精神状態もだんだん限界に近づき、捨てた人たち全員一人ずつ、アブの攻撃を体験させてやりたい気持ちになった。
 おもにめだったゴミは、船に使われている燃料や塗料の容器、漁業関係の浮きやブイ、日本の物ばかりではなく、韓国や中国語でかかれた洗面用品、農業関係の肥料の袋など、あきらかに海の流れにのってやってきたゴミが多い。
 しかし、よく見ると、春にはすくなかった「海水浴グッズ(日焼け止め、お総菜の容器、ビーチサンダルなど)」も増えていた。四六時中監視しているわけではないので、この海岸で捨てられたのか、近隣の海岸から流れ着いたのかはわからない。でも、これくらいは、自分で持ち帰ってきちんと処理できるのではないか?と腹が立った。
 汗は止めどなくわいてくるし、ちょっと動作を止めるだけで、数十匹のアブが襲ってきた。こういった惨状の海岸が、世界各国にいったいいくつあるのだろう?ここには韓国や中国のものが流れてきているけど、日本の物だって、どこかに流れていっているに違いない・・・。むなしくなった。
 人は自分で自分を滅ぼしているのではないか?でかい顔をして、地球にのさばっておきながら、汚して壊すだけなんて・・・。

 だからこそ、少しでもいいから、行動を起こさなくてはいけないと感じた。
 「塵も積もれば山となる」。昔の人は良いことを言う。ちっぽけな私たちでも、ちょっとずつちょっとずつ何かアクションを起こすことで、必ずどこかに変化が起こるのだと信じたい。

 そして、私たちは今回も「山」となってしまった塵を、一つ一つ回収した。

 今度は私たちのこういった小さな活動が、いずれ大きな山となって、サルやカモシカやクマが生息するこの地の環境改善につながることを願って・・・。

 最後に、ボランティアで参加して頂いた皆様に本当に感謝でいっぱいです。
 本当にお疲れ様でした。

参考図書:
  「沈黙の春」(Silent Spring)レイチェルカーソン著 新潮社 ISBN 4-10-207401-5
  「奪われし未来」(Our Stolen Future)シーアコルボーンほか著 翔泳社  ISBN 4-88135-985-1
  「胎児の複合汚染」森 千里著 中央公論新社 ISBN 4-12-101638-6


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